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「らんかフル カターワ」 はスリランカ専門ブログです。 元JICA海外協力隊員・元旅行会社駐在員の経験をもとに、スリランカ旅行の準備から観光、ホテル、世界遺産、ジェフリー・バワ建築、グルメ、歴史、文化について現地取材と写真を交えて紹介しています。 当サイトで公開している記事を下記のカテゴリ別にまとめました。 ❶ 旅行準備 ❷ 観光 ❸ ホテル情報 ❹ 自然・動物 ❺ ジェフリー・バワ ❻ グルメ・食文化 ❼ お土産・買い物 ❽ イベント・祭り ❾ 歴史・文化 ❿ スポーツ・芸術 ⓫ 現地(スリランカ)情報 ⓬ 料理/レシピ 初めてのスリランカ旅行を計画している方から、リピーターや建築・文化に興味のある方まで、目的に合わせて記事を探していただけます。 記事のタイトルをクリックすると該当記事にジャンプします。 【❶旅行準備】 スリランカ旅行を計画中の方へ。ビザ(ETA)の取得方法、入国カード、航空券情報、列車予約、空港到着後の流れなど、出発前に知っておきたい実用情報をまとめています。初めてのスリランカ旅行でも安心して準備できるよう、最新情報をわかりやすく紹介しています 冬期のスリランカ旅行、宿泊計画のアドバイス (2025年11月1日投稿) ETA(電子渡航認証)の渡航前取得が義務化(2025年10/15入国より適用) (2025年10月4日投稿記事) 【スリランカ航空】成田-コロンボ 冬季運航スケジュールと滞在早見表 (2025年9月7日投稿記事) ビザ・観光などお役立ち記事 (2025年7月27日投稿記事) ETA申請マニュアル(2025年版) (2025年5月8日投稿記事) スリランカ列車、オンライン購入マニュアル (2024年4月4日投稿記事) [スリランカ入国]入国カード(Arrival Card)が、オンラインで申請・提出可能になりました ( 2023年1月2日投稿記事) スリランカでドローン撮影 ( 2021年12月2日投稿記事) 【こんなことができる‼】スリランカ弾丸1泊旅行 (2019年6月5日投稿) 【❷観光】 世界遺産シギリヤロック、ゴール旧市街、エッラ、ヌワラエリヤ、ヤーラ国立公園など、スリランカ各地の観光スポットを紹介しています。アクセス方法、見どころ、モデルプラン、列車やバスでの移動情報まで、実際の旅行に役立つ情報をまとめています...

切手で見るスリランカの表記の変遷

スリランカは2023年2月4日に独立75周年を迎えました。
独立75周年の記念切手も発行されました(写真下)
切手は郵便料金を示す証紙であると同時に、デザインなどはその国ならではのものとなっています。特に記念切手となるとなおさらで、趣味の収集対象ともなっています。
また、切手からはその時代の歴史や文化、政治的背景を読み取ることもできます。
そこで今回は、切手から読み取るスリランカの言語表記と独立前後の変遷についてご紹介します。切手における言語表記の変化は、単なるデザインの違いではなく、その時代の政治や言語政策を反映しています。


スリランカは1505年にポルトガル人が来航し、海岸地帯を植民地化しました。1617年にはオランダ人が来航し、ポルトガル人に代わって海岸地帯を植民地化しました。
1802年、スリランカは英国の植民地となりました。1815年には、スリランカ最後の王朝であったキャンディ王朝が滅亡し、スリランカ全土が英国の支配下に置かれました。その当時の国名は『セイロン(Ceylon)』

1840年5月6日にイギリスで世界最初の郵便切手が発行されましたが、スリランカ(当時の国名はセイロン)最初の切手は1857年4月1日に発行されました。切手はロンドンでデザインならびに印刷されました。
上記の年代からもわかる通り、1857年はまだ英国の植民地下にあり、植民地統治の行政言語は英語でした。そのため発行された切手の表記は英語のみ国名はセイロン(Ceylon)、額面は英国の通貨単位ペニー、当時の英国の君主であったビクトリア女王が描かれています。ちなみにこの当時はまだ切手に目打ち(点線)はありません。

1948年2月4日スリランカ(当時の国名はセイロン)は英連邦内の自治領として独立を果たしました。
切手には国名が三言語で表記されています。
英語表記の国名【セイロン(Ceylon)】
シンハラ語の国名【スリランカ(ශ්‍රී ලංකා)】
タミル語の国名【イランカイ(இலங்கை)】
ちなみに描かれているのは当時の国旗(下記写真左)セイロンの初代首相であり「スリランカ建国の父」とされるD.S. セナナーヤカ(下記写真右)
下記の記念切手は1957年に発行されたスリランカ(当時の国名はセイロン)最初の切手の発行から100周年を記念した切手です。国名のCEYLON以外はすべてシンハラ語のみとなっています。
1948年に英連邦内の自治領として独立を果たした後も、統治言語として「英語」が使われていました。しかし、1956年にソロモンバンダラナイケ首相が就任(1956年 - 1959年9/25)し、「シンハラ・オンリー法」を成立させたため、下記の写真のように1957年4/1に発行された切手には国名に英語とタミル語も併記されていますが、通貨単位などはシンハラ語でしか表記されていません。
◎補足:1958年には『タミル語特例法』が制定され、タミル語の使用が認められ、1987年に憲法が改正され、「シンハラ語」及び「タミル語」の2言語が公用語と規定され現在に至ります。
1972年5月22日スリランカ(当時の国名はセイロン)は共和制へ移行し、英王室との憲法上の関係を解消しました。これに伴い国名を「スリランカ共和国(Republic of Sri Lanka)」へ改称しました。
1972年5月22日に発行された独立記念切手には、スリランカの聖山スリーパーダ(Sri Pada)から昇る朝日が描かれています。そして、英語表記で初めて【スリランカ(Sri Lanka)】と記されています。シンハラ語の国名【スリランカ(ශ්‍රී ලංකා)】、タミル語では古くからスリランカを【イランカイ(இலங்கை / Ilankai)】と呼びます。
英語表記の国名スリランカ(Sri Lanka)
シンハラ語の国名【スリランカ(ශ්‍රී ලංකා)】
タミル語の国名【イランカイ(இலங்கை)】

しかしこの記念切手と同時に発行されたファーストデーカバー(First Day Cover)(切手の発行日当日の消印が押された封筒のこと)の消印の国名には、【タミル語の国名イランカイ(இலங்கை)】ではなく、シンハラ語読みの【スリランカ(ஸ்ரீ லங்கா)】と書かれています。
記念切手には国章も印刷されていますが、よく見るとスリランカのシンボルのライオンの上には王冠が描かれ、現在の国章(仏教の八正道のシンボルとされる法輪)と異なります。これはこの記念切手のデザインは発行日(1972年5/22)の6か月前に入稿する必要があったものの、その時はまだ国章が決まっていなかったため、当時使用されていた旧国章のデザインが採用されていました。

ところで、シンハラ文字が読める方には『ශ්‍රී』というシンハラ文字「スリ」ではなく「シュリー」の発音の方が近いと感じるのではないでしょうか。

実際に【スリランカ(ශ්‍රී ලංකා)】の英語表記は【Sri Lanka】ではなく【Shri Lanka】であるべきだとプレマダーサ政権下の1992~1993年頃には、一時的に英語表記が「Sri Lanka」ではなく「Shri Lanka」とされた時期がありました。
その期間に発行された切手(全42枚のみ)には、下記の表記となっています。
英語表記の国名スリランカ(Shri Lanka)
シンハラ語の国名【スリランカ(ශ්‍රී ලංකා)】
タミル語の国名【イランカイ(இலங்கை)】

このように切手とその国の歴史とを照らし合わせてみると、いろいろとわかることがたくさんあるのです。
2024年11月追記)
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