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ヘリタンス カンダラマ(Heritance Kandalama)やジェットウィング ライトハウス(Jetwing Lighthouse)を手がけたスリランカを代表する建築家のジェフリーバワ(Geoffrey Bawa/1919–2003)は、ホテルだけでなく一般住宅や公共の施設も多く手がけました。
(📝参考)
バワ建築を巡るツアーなどで、コロンボ(Colombo)で案内されることが多いのが、
▪バワの旧居『ナンバーイレブン(No.11)』
▪バワのオフィスを改装した『パラダイスロードザギャラリーカフェ(Paradise Road the Gallery Cafe)』
▪バワ唯一の仏教建築『シーママラカ寺院(Seema Malakaya)』
あたりですが、コロンボ(Colombo)市内だけでもバワの手がけた施設は60か所以上※にも及びます(※バワが所属していた建築事務所が手掛けたものも含む)。
上記の本「🔗In Search of Bawa: Master Architect of Sri Lanka (著:David Robson, 写真:Sebastian Posingis)」は、バワが手掛けたもののうち73の建物が写真や意匠図、スケッチなどと共に掲載されています。また、巻末に地図もあり、大まかにどこにあるかを知ることが出来ます(初版は2016年)。そのうちコロンボ市内でこの本に掲載されている建物は24か所。↑Map 1-Bawa's Projects in Central Colombo[In Search of Bawa: Master Architect of Sri Lanka ]より転載地図には建築物の大まかな所在地と建物の状態が記されています。
❶~⓱はほぼ原形のまま現存(塗り替えは含まない)している建物。A~Cは改築などによりバワが設計した当初から大幅に変わってる建物、a~eは改修工事や修復工事が必要など建物がなくなるリスクのあるバワ建築(著者の執筆当時)と分類されています。
この地図を基に実際に見て回った建物について、前編・後編に分けて紹介します。
この地図を基に実際に見て回った建物について、前編・後編に分けて紹介します。
最初の名前は建築当時の名前、矢印の後は現在の名前となっています。年代は著書によって異なるものもありますが、上記の本に記載されたものを転記しています。
ホテルやカフェなど、公式ページのある施設には施設名にリンクページをつけています。
❶ Bartholomeusz House/Office of Edwards, Reid and Beg(1961年)⇒🔗Paradise Road The Gallery Café
📝入店(飲食)可能(営業時間10~深夜0時)※併設のショップは22時まで
バワ建築として知られるダイニングカフェで、スリランカのジェフリーバワ建築の中で最も訪問者数の多い建物として知られています。元は、1961年にバワが住宅として設計を依頼されたものですが、完成前に施主が海外移住のために取りやめたため、バワが当時所属していた建築事務所(Edwards Reid & Begg事務所)のオフィスとして使用されてきました。
1998年にパラダイスロードの創設者でデザイナーのシャーンタフェルナンド(Udaya Shanth Fernando)氏に所有が移り、9ヶ月の改装工事を経て『パラダイスロード ザ ギャラリーカフェ』としてオープンしました。
1998年にパラダイスロードの創設者でデザイナーのシャーンタフェルナンド(Udaya Shanth Fernando)氏に所有が移り、9ヶ月の改装工事を経て『パラダイスロード ザ ギャラリーカフェ』としてオープンしました。
この建物の特徴の一つである、磨き上げられたココナッツの柱の上下を御影石で挟んだ柱(シロアリなどによる害を防ぐ効果があります)などは、バワ設計のオリジナルを踏襲し増・改築部分(レストランのエリア)にもその工法が使われています。
鉄製の椅子(下記の写真)は、シャーンタ氏のスケッチを元に、鍛治屋に作ってもらったオリジナルとのこと。
建築事務所時代にバワが使用していた机(下記の写真)は、反りなどを修復して位置はそのままに、ギャラリーカフェの象徴的なケーキテーブルになっています。
❷ GB’s own Town House(1962-1968年)⇒🔗Number 11
📝宿泊、見学(ガイドツアー)可能
<見学概要>
月~金: 10時/14時/15時半、土: 11時/16時、日: 11時(所用時間: 約45分)
料金: LKR 5000(外国人)、LKR 2500(ローカル、居住ビザ所有)
予約先メール: admin@geoffreybawa.org
予約先電話(平日9時~16時): +94 (11) 4337335 (Weekdays 9 a.m.– 4 p.m.)
携帯/Whatsapp: +94 777 323978
※見学人数が決まっているため、事前予約推奨
この家は元は4軒の長屋で、1959年にバワはその3番目の家に引っ越してきました。
後にバワはこの長屋のオーナーに4軒全てを売ってくれるように依頼し1961年に4番目を、1968年に残る2軒を手に入れてから、大規模な改築に乗り出します。
随所随所を改築しその期間は40年にも及びました。
後にバワはこの長屋のオーナーに4軒全てを売ってくれるように依頼し1961年に4番目を、1968年に残る2軒を手に入れてから、大規模な改築に乗り出します。
随所随所を改築しその期間は40年にも及びました。
その為、家の中には最初の3番目の家の番地(それがNo.11)の郵便受けが残っていたり(その上に絵がかけられ隠されています)、元は道路の部分が廊下になっていたりと、4棟別々の家であった名残を随所に見る事ができます。
宿泊者は寝室はもちろん、リビングなど普段ツアーでは入ることの出来ない場所も利用することができます。リビングの壁一面に張られたバリ島の"カマサンスタイル"と呼ばれる絵画や、1970年大阪万博のセイロン(スリランカの旧国名)館のシンボルとなったラキセナナヤケの菩提樹のオブジェ(レプリカ)など必見です。
📝学校のため、関係者以外立ち入り禁止(内覧はアポイントが必要)ですが、バザーなど一般入場可能日あり
バワは"学校"という場所を踏まえて、涼しくて明るい環境を確保するために、気候に適した建築を探求しました。この校舎と同年代にバワが手がけた[セントーマスカレッジ(後編c参照)]や[ビショップカレッジ]では多孔ブロックや中空ブロックで通気と日陰を確保する設計だったのに対して、この校舎では片持ちによって下の階に日陰をつくり、側面はバルコニーのように迫り出たせてサイドはオープンにすることで、教室の換気を良くしながらも雨の吹き込みは防ぐつくりとなっています。
(📝参考)
これと同様の構造はベントタビーチホテル(現Cinnamon Bentota Beach)の設計にも取り入れられています。
60年代から70年代にかけてのスリランカは、緊縮財政による輸入規制で鉄筋やガラスが不足であった時代でしたが、バワなどの建築家たちはそれを逆手にとって、国内の材料を用いて自分たちの構想している形や空間を表現しようと、建築の素材と方法を模索した時代の建物の一つとして紹介されている建物です。バワは、1965年に同校のクラスルームの設計も手がけました(上記❹参照)。
このセンターはバワが設計し、バワのアシスタントで女流建築家である Vasantha Jacobsenが現場建築家となりました。.JPG)
各教室の建物が市松模様に配置され、建物同士は廊下でつながれており、空間には中庭が広がります。
建物の黄色に対して、柱や梁、窓枠は黒色に塗られており、手前と奥との連続性が際立ちます。建物はよく手入れされており、センターは設立以来、ほとんど変わっていないとのことです。

120メートルx20メートルの長方形の敷地に建てられたこの家の大部分は、もともとあった植栽を中心とした庭園で占められています。
シンプルな箱型のアパートを印象づけているのが、幾何学模様のコンクリートのスクリーン。これは初期のバワ建築に多く見られるもので、直射日光や雨の侵入を最小限に抑えながらも通気性を確保するという、スリランカの気候に合わせたものですが、後にバワはこのスリットをとる方法を用いず、上記❹で紹介したレディースカレッジのように、梁や軒を大きくとることで、通気性を確保しながらも直射日光と雨の侵入を防ぐ設計に変わっていきます。このように、年代により設計の傾向が変わっていくのもバワ建築の面白味です。
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このYWCAのプロジェクトの主要建築家は、Cinnamon Lodge Habaranaなどを手掛けたイスメスラヒーム(Ismeth Raheem)です。
60年代から70年代にかけてのスリランカは、緊縮財政による輸入規制で鉄筋やガラスが不足であった時代でしたが、バワなどの建築家たちはそれを逆手にとって、国内の材料を用いて自分たちの構想している形や空間を表現しようと、建築の素材と方法を模索した時代の建物の一つとして紹介されている建物です。
❺ Ladies' College Vocational Training Centre(1982年)⇒🔗The Institute of Professional Studies
📝関係者以外立ち入り禁止ですが、道路に面しているためエントランス部分は見ることが可能(内覧はアポイントが必要)
このセンターはバワが設計し、バワのアシスタントで女流建築家である Vasantha Jacobsenが現場建築家となりました。
各教室の建物が市松模様に配置され、建物同士は廊下でつながれており、空間には中庭が広がります。
建物の黄色に対して、柱や梁、窓枠は黒色に塗られており、手前と奥との連続性が際立ちます。建物はよく手入れされており、センターは設立以来、ほとんど変わっていないとのことです。
❻ Stanley de Saram House(1971年)
📝一般住宅ですが、道路に面しているため外観観覧可能
この家は、四方を4メートルはあろう高い白壁で囲まれています。
左の入り口や右の車庫の扉の高さからも、いかに外壁が高いかを知る事ができます。

このデザインは、交通量の多い道路に面する家を高い壁で囲むことで、喧騒を遮断し住居内に静けさを創り出しているといいます。
正面の玄関や通用口とガレージの入り口は御影石で囲まれ、壁の圧迫感や無機質感が和らぐ印象を受けます。
玄関の上の鉄製の装飾も同じく外観に和らぎを加えています。
持ち主の変遷により、内装は幾度となく変更されているとのことですが、この外観は現在もバワ設計当時のまま残っており、存在感を放っています。
❼ Chloé de Soysa House(1985-1891年)
(※[Open House Colombo]は、バワ財団(Geoffrey Bawa Trust)がオーガナイザーとなり、スリランカの現代建築を代表する建築事務所や建築家が手がけた建築物を公開するプログラムを定期的開催しています。)
セシル&クロエ夫妻は、子供たちが独立したこともあり所有していた広大な土地を分割し、庭の一部に2人用の家を新たに建てようと、長年の友人でもあったバワに設計を依頼しました。
施主のセシル氏の逝去により建築計画は一旦延期され、完成までに6年を要しています。120メートルx20メートルの長方形の敷地に建てられたこの家の大部分は、もともとあった植栽を中心とした庭園で占められています。
建物は一辺が14.5メートルの正方形をしており、1階はガレージとオフィス。そして2階にメインリビング、3階に寝室、そして屋上テラスという構造になっています。
メインリビングと寝室は三方がガラス窓やガラス戸になっていて、大きく伸びた庭の植栽の緑が美しく目に飛び込んできます。
メインリビングと寝室は三方がガラス窓やガラス戸になっていて、大きく伸びた庭の植栽の緑が美しく目に飛び込んできます。
自然光が差し込む部屋は日没まで電気をつけなくても良いほど明るいながらも、温室のように蒸し暑くならず風が心地よく通り抜ける空間になっています(現在もこの家にはクーラーは設置されていません)。
家の外壁並びに内装も白が基調となっており、大きくとられた窓やスライド扉の枠組みは黒色のアルマイト加工の細いサッシとなっており、作り付けの棚も黒い塗装を施したスチールが使われており、これらの黒い直線が窓から見える庭園やテラスの緑を美しく際立たせています。
各階に設けられたテラスにも植栽や植木がおかれ、まるで1階の庭であるかのような錯覚に陥ります。
家の外壁並びに内装も白が基調となっており、大きくとられた窓やスライド扉の枠組みは黒色のアルマイト加工の細いサッシとなっており、作り付けの棚も黒い塗装を施したスチールが使われており、これらの黒い直線が窓から見える庭園やテラスの緑を美しく際立たせています。
各階に設けられたテラスにも植栽や植木がおかれ、まるで1階の庭であるかのような錯覚に陥ります。
↑この緑が目に飛び込むリビングは2階にあります。
階段の吹き抜けには、スリランカを代表する芸術家たちやクロエの作品が飾られ、さながらギャラリーのようでもあります。窓枠や棚など黒い直線が多用された家のなかで、階段の手すりの曲線が美しい対比となっています。
❽ Wijemanne Flats(1962年)⇒EURO Asia
📝集合住宅ですが、道路に面しているため外観観覧可能
このアパートは、初めは弁護士でありスリランカの上院議員であった A.F.Wijemanne夫人からの依頼で住居が建てられる予定でしたが、頓挫しアパートに方針転換されました。❾ YWCA(1965年)
📝関係者以外立ち入り禁止ですが、道路に面しているため外観観覧可能(内覧はアポイントが必要)
このYWCAのプロジェクトの主要建築家は、Cinnamon Lodge Habaranaなどを手掛けたイスメスラヒーム(Ismeth Raheem)です。
この建物は、日陰を作るために上階部をせり出すというアイデアを発展させた数々のプロジェクトの一つであり、ベントタビーチホテル(現Cinnamon Bentota Beach)の設計にも取り入れられているといいます。
外部からは見えませんが、内部に2つの中庭を設けた構造になっており、現在ガラス戸がはめられているところは建築当初は窓は格子窓だったとのことです。
外部からは見えませんが、内部に2つの中庭を設けた構造になっており、現在ガラス戸がはめられているところは建築当初は窓は格子窓だったとのことです。
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