「らんかフル カターワ」 はスリランカ専門ブログです。 元JICA海外協力隊員・元旅行会社駐在員の経験をもとに、スリランカ旅行の準備から観光、ホテル、世界遺産、ジェフリー・バワ建築、グルメ、歴史、文化について現地取材と写真を交えて紹介しています。 当サイトで公開している記事を下記のカテゴリ別にまとめました。 ❶ 旅行準備 ❷ 観光 ❸ ホテル情報 ❹ 自然・動物 ❺ ジェフリー・バワ ❻ グルメ・食文化 ❼ お土産・買い物 ❽ イベント・祭り ❾ 歴史・文化 ❿ スポーツ・芸術 ⓫ 現地(スリランカ)情報 ⓬ 料理/レシピ 初めてのスリランカ旅行を計画している方から、リピーターや建築・文化に興味のある方まで、目的に合わせて記事を探していただけます。 記事のタイトルをクリックすると該当記事にジャンプします。 【旅行準備】 スリランカ旅行を計画中の方へ。ビザ(ETA)の取得方法、入国カード、航空券情報、列車予約、空港到着後の流れなど、出発前に知っておきたい実用情報をまとめています。初めてのスリランカ旅行でも安心して準備できるよう、最新情報をわかりやすく紹介しています 【スリランカ航空】成田-コロンボ直行便ガイド|運航スケジュール・泊数・ETA・オンラインチェックイン (2026年7月5日投稿) 冬期のスリランカ旅行、宿泊計画のアドバイス (2025年11月1日投稿) ビザ・観光などお役立ち記事 (2025年7月27日投稿記事) ETA申請マニュアル(2025年版) (2025年5月8日投稿記事) スリランカ列車、オンライン購入マニュアル (2024年4月4日投稿記事) [スリランカ入国]入国カード(Arrival Card)が、オンラインで申請・提出可能になりました ( 2023年1月2日投稿記事) スリランカでドローン撮影 ( 2021年12月2日投稿記事) 【こんなことができる‼】スリランカ弾丸1泊旅行 (2019年6月5日投稿) 【現地(スリランカ)情報】 【2027年版】スリランカの祝日・祝祭日一覧(ポヤデー・主なお祭り )(2026年7月1日投稿記事) 空港からコロンボまで、A/C付きバス(高速道利用)がLKR290!! (2025年6月19日投稿記事) 2026年祝祭日一覧と行事について (2025年6月15日投稿記事) スリランカ大統領選挙投票...
東京オリンピック2020が開幕しました。
7月23日の開会式では、スリランカ選手団は90番目に入場しました。
開会式では、「マルコ・ポーロが『これまで見た島の中で最も美しい島』と称えた国」として紹介されました。
・東京オリンピック出場選手の紹介は『東京オリンピック・スリランカ代表選手』(7/3投稿)をご覧ください。
・東京パラリンピック出場選手の紹介は『東京パラリンピック スリランカ代表選手』(8/24投稿)をご覧ください。
・スリランカの選手団のコスチュームについては『スリランカ選手団 オリンピックコスチュームと、トレンディサロンブランド』(7/19投稿)をご覧ください。
・東京オリンピック[野球]の公式球については『メイド in スリランカ【東京オリンピック 男子野球🥎公式球】』(7/28投稿)をご覧ください。
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東京五輪とスリランカ。実は教科書にもなっている有名な話があります。
それは『ゼッケン67』。
1964年の東京五輪。
男子1万メートル決勝で、多くの観衆の心を打ったセイロン(現在のスリランカ)の選手がいました。ゼッケン67番をつけた選手の名前はRanatunge Karunananda(ラナトゥンゲ・カルナナンダ)。当時28歳のスリランカの代表選手でした。
カルナナンダ選手は、その日体調が優れず、本来の走りができないまま最後尾となりました。
400メートルトラックを25周走る1万メートルの競技。他の選手が全員ゴールした時点で、カルナナンダ選手はあと3周も残っていました。
大観衆の注目を浴びながらも棄権することなく走り続けるその姿に、当初は驚きや好奇の眼差しを向けていた観衆でしたが、やがて声援へと変わり、無事ゴールをしたときには、多くの歓声が上がったといいます。
このエピソードは『ゼッケン67』として、小学校の国語教材や中学校の英語教材などでも紹介され、多くの日本人に知られることとなりました。
上記は「かざぐるま通信No.34(光村図書)」より転載実はカルナナンダ選手の孫は、現在群馬県渋川市で介護福祉士として働いています。
2016年に日本語の勉強で日本にきた孫のオーシャディさんは、異国の地になじめず一度はスリランカに帰ろうとしたとのことですが、母親から祖父の話を聞き、最後まであきらめなかった祖父の姿に支えられ、一念発起して福祉専門学校に進学し、介護福祉士の資格を取得。2020年からは群馬県内の高齢者施設で働いているといいます。
1964年の東京オリンピックで、多くの人々の心を動かしたカルナナンダ選手の「あきらめない心」は、半世紀以上の時を経て孫へと受け継がれました。
そして2021年、再び東京で開催されたオリンピックの年に、そのエピソードは改めて多くの人の胸を打つこととなりました。
【参照記事】
📝【オリンピズム】1964東京(6)1万メートル「ゼッケン67」 教科書になった男、カルナナンダ(2016/11/15 産経新聞オンライン)
📝 [Tokyo2020+]「ゼッケン67」受け継ぐ思い…64年五輪 最下位でも完走(2021/07/14 読売新聞オンライン)

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