リッチモンド城(Richmond Castle)とは
42エーカーの敷地に建つ100年以上前の大邸宅
リッチモンド城が建てられた背景
南インドの大富豪の邸宅をモデルに建設
実はこの邸宅は、アーサーの英国留学時代の学友であった、南インド・ラムナードの王侯のラジャ・ラジェスワラ・セトゥパティ(Raja Rajeswara Sethupathi)の邸宅に着想を得て造られたといわれています。
オリジナルの設計図を使わずに造られたという逸話
アーサーが邸宅の設計図の提供を求めたところ断られたため、彼は2人のスリランカ人建築家を伴って友人の邸宅を訪れ、その際に建築家たちが密かに建物を調べ、設計図を作成したと伝えられています。
結婚式と邸宅のお披露目
そしてこの邸宅は、アーサー自身の結婚式の日である1910年5月10日にお披露目され、アーサー夫妻もこの日に邸宅へ移り住みました。
結婚式に参列するため初めてリッチモンド城を訪れた友人は、自分の邸宅を思わせる建物を目にして驚いたといいます。
リッチモンド城(Richmond Castle)と言われる所以
リッチモンド城(Richmond Castle)という名前の由来については、はっきりとした記録は確認できませんでした。
一説によると、かつてこの邸宅は「Rich man’s castle(裕福な人の城)」と呼ばれており、それが次第に「Richmond Castle」という名称になったともいわれています。
ただし、この説を裏付ける公的な資料は確認できないため、実際の由来は明確には分かっていません。
↑道中に見られる「Richmond Castle」の文字とモザイク(制作年代不明)↑「IN DEO FIDEMUS」はラテン語で、「私たちは神を信頼する」という意味とのこと。
リッチモンド城の建築と見どころ
輸入建築材料を使って10年かけて建てられた邸宅
また、タイルと花崗岩はイタリア、ステンドグラスはイタリア製、瓦はインド、窓ガラスはスコットランド、鉄製の階段やトイレ設備はイギリスから取り寄せるなど、多くの建築材料が海外から2隻の船で運ばれ、約10年をかけて建設されたといいます。
↑↓ビルマ産チーク材を使った欄間や透かし彫刻。↑↓イギリスから取り寄せられたとされる鉄製の外階段。↑撮影は外からのみ可能なため、全体を写すことはできませんでしたが、イタリア製とされるステンドグラスは鮮やかで美しく、ぜひ実物を見てほしいと思うほどの美しさです。
現在は、あちこちに傷みが見られ、豪華絢爛という華やかさはありません。しかし、一枚板から彫り出された欄間や精巧に細工された大階段、鮮やかなステンドグラスなどを見ていると、高品質な材料と高い技術を持つ職人たちによって造り上げられた邸宅であることが分かります。
見る方向によって色が変わる窓ガラス
窓や扉に使われているガラスにも特徴があります。
館内の説明によると、オリジナルのガラスは見る方向によって色合いが異なり、外側からは緑色、内側からは白色に見える偏光ガラスが使われています。
修復の際にはめられたスリランカ産のガラスは、内側から見ても緑色をしており、その違いは一目瞭然です。
↑緑色に見えるオリジナルのガラス。外側からは緑色に見えますが、内側から見ると白色をしています。修復の際に入れられたガラスは、内側から見ても緑色です。
快適な住まいの工夫
川を利用した工夫
川沿いという立地を生かし、邸宅の周囲には、水や風を利用して室内を快適に保つための工夫が施されていました。
川から水を引き込み、噴水やライオンの彫像から水が出るように造られているほか、ダンスホールには、床板に設けられた穴から涼しい風を取り込む仕組みが施されています。
さらに、館内にこもった熱気を外へ逃がすための換気口も設けられるなど、装飾だけでなく、快適に過ごすための様々な工夫が邸宅の構造にも取り入れられています。
↑屋根の瓦部分にも換気孔が設けられています。防音性の工夫
寝室の壁は厚さ1フィート(約30cm)ほどあり、レンガ造りの壁に細い木板をはめ込み、その上を壁土で覆うことで、防音性を高める工夫が施されています。
庭に残る12体の花崗岩の人物像
庭には、子どもの像7体を含む、合計12体の花崗岩の人物像があります。そのうちの一つの男の子の像は、アーサー夫妻の寝室の方向を向いています。
↑夫婦の寝室に顔を向ける男の子の像子ども好きだったというアーサーですが、残念ながら夫妻には子どもがいませんでした。
アーサー・デ・シルバの晩年とリッチモンド城
夫妻は長年この邸宅で暮らしましたが、1941年に彼らは離縁し、 その後別々の人生を歩むことになります。アーサーは自らの財産を子どもたちのために役立ててほしいという願いとともに、遺言で公共信託管理機関へ財産を託しました。
館内の説明によると、離縁後は、実家に戻った妻にも毎月の生活の保障をしたうえで、アーサーはキャンディへ移り住み、1947年7月8日、クイーンズホテルの一室で59歳の生涯を閉じました。
現在のリッチモンド城と男子児童養護施設
現在、この邸宅は修復され、見学用に公開されています。
また、スタッフや調理場、厩舎などがあった別棟は、アーサーの遺志に基づき、男子児童養護施設となっており、現在も児童が生活しています。
↑水色の建物が児童養護施設(一般立ち入り禁止)館内見学
館内には、アーサーの肖像画や、当時の結婚式の様子を写した写真パネルなどが、説明書きとともに展示されています。
また、館内スタッフにガイドを依頼することもできます(案内は英語またはシンハラ語)。
邸宅の構造や使用されている材料についての説明はもちろん、庭の彫像が向いている方向や、肖像画にまつわるエピソードなど、ガイドを通して見学すると、この邸宅についてより深く知ることができます。
ぜひガイドをお願いして見学することをおすすめします。
※ガイド料は無料ですが、ガイドをお願いした際には、感謝の気持ちとしてチップを渡すとよいでしょう。
なお、館内は写真撮影禁止ですが、外側からの撮影は可能です。ぜひ実際に訪れて、この邸宅ならではの美しい造りを自分の目でじっくりとご覧ください。
.png)





コメント
コメントを投稿