世界遺産・ゴール旧市街(ゴールフォート)とは
世界遺産「ゴール旧市街とその要塞群」の魅力
スリランカ南部にある港町のゴールには、1988年に世界遺産に認定された要塞とその城壁内に形成された歴史地区が残っています(登録名『🔗ゴール旧市街とその要塞群(Old Town of Galle and its Fortifications)』)。ゴール旧市街の歴史的建造物マップ(17〜37)
17.モスク (Meeran Mosque)-1902年
しかし、1890年頃の記録によると、当時のモスクはスリランカ伝統の瓦屋根を持つ小規模な1階建ての建物でした。
18.オールドモスク (Jiffry Thaikkah/Old Mosque)
「Thaikkah(タッキヤ)」とは、スリランカのイスラム文化における小規模な礼拝施設を意味し、Meeran Mosqueとは異なる歴史を持つイスラム共同体の信仰施設として利用されています。
19. 英国統治時代のホテル(British Sea View Hotel)
古い写真では現在のような2階建ての建物が確認できますが、英国時代の測量図には、その手前に平屋建てのホテル建築が描かれており、時代によって増改築が行われたことがうかがえます。
20. フラッグロック要塞/オランダ国旗岩 (The Flagrock Bastion/Dutch Flag Rock)
旧用途)初代灯台跡(Old Lighthouse)-1848年
オランダ統治時代には、この場所は船舶への合図や旗を掲げる場所として利用され、1733年頃の記録にもオランダ国旗が掲げられていたことが確認されています。
1848年には、この場所にスリランカ初の灯台がイギリスによって建設されました。しかし、この初代灯台は1936年の火災によって焼失しました。
21. 紅茶小規模農園開発庁(Tea Small Holdings Development Authority:TSHDA)
小規模紅茶園(Small Tea Holdings)の発展を専門に担当する唯一の法定機関で、生産性や紅茶品質の向上、技術支援、マーケティング活動、小規模紅茶園所有者の生活向上などを目的としています。スリランカでは、多くの紅茶が大規模プランテーションだけでなく、小規模農家によっても生産されており、TSHDAはこうした小規模紅茶生産者を支える重要な役割を担っています。
現在建物の一部は、紅茶ショップなど紅茶関連の商業施設になっています。
22. 大砲台 (Cannon Mount)
ここには、大砲を旋回させるために設置された円形のレールが残されており、当時の要塞防衛設備を今に伝えています。
23. トリトン堡塁 (The Triton Bastion)
ゴールフォート西側の14の堡塁の一つで、オランダ時代に整備された防衛施設で、オランダ時代に風車が設置されており、海水をくみ上げ、砦内の道路の散水に利用していたといいます。24. ランパートホテル (Rampart Hotel)
旧用途)オランダ時代 カフィア病院(Dutch Kaffir Hospital)/英国時代 パビリオンホテル(British Pavilion Hotel)
「Kaffir(カフィア)」とは、当時オランダ植民地でアフリカ系住民を指すために使われた呼称で、ゴールにはVOCによって連れてこられたアフリカ出身の兵士や労働者が暮らしていました。この病院は、彼らのための医療施設として利用されていたとされています。
2階部分のバルコニーを囲むセメント製の装飾柵や階段などには、19世紀末の英国植民地時代の建築的特徴を見ることができます。
25. スダマーレ寺院 (Buddhist Temple Sri Sudharmalaya Maha Viharaya)
ゴールフォートは、ポルトガル、オランダ、イギリスによる支配を経て、多民族・多宗教の人々が暮らしてきた歴史を持つ地域ですが、現在フォート内にはイスラム教徒の住民が多く暮らしています。その中で、フォート内にある唯一の仏教寺院です。寺院の上部には小さな鐘楼が残されており、植民地時代の建築の影響を感じることができます。
26. ロイド信号所基地/ネプチューン要塞 (Lloyd Signal Station Base/ Neptune Bastion)
オランダ統治時代の17世紀以降、海からの攻撃に備えるため砲台を備えた防衛施設として整備されました。現在も4基の大砲台座が残っており、当時の軍事的役割を伝えています。
現在も岩盤には旗竿を固定するために開けられた柱穴が残されており、ゴールがインド洋交易を支える港湾都市であった歴史を物語っています。
27.陸軍施設 (Headquaters Gemunu Batalion)
旧用途)オランダ時代 奴隷・労働者居住区(Dutch Slaves' Living Quarters)/英国時代 判事・港湾官舎(British Harbor Master's & Magistrate's Quarters)
ゴールはインド洋交易の重要拠点であり、VOCはアジア各地やアフリカから人々を移住させ、港湾施設や軍事施設の維持に従事させていました。
28. ゴールヘリテージ財団(Galle Heritage Foundation)
旧)オランダ統治時代 火薬製造・加工施設(Dutch Gun Powder Mill)
オランダ東インド会社(VOC)の統治時代には、ゴールフォートの防衛施設を支える火薬製造・加工関連の施設として利用されていました。29. 火薬庫 (Gun Powder Magazine)
ゴールではポルトガル時代(16世紀)に最初の要塞が築かれ、その後オランダ東インド会社(VOC)の統治時代に大規模な防衛施設へと拡張されました。この火薬庫も、その要塞防衛システムの一部として整備され、大砲用の火薬や弾薬が保管されていました。
30. 気象庁 (Meteorological Office)
ゴールはインド洋航路の重要な港湾都市であったため、船舶の航行や港湾管理に必要な気象観測が行われており、英国時代には、気圧・風向・降雨量などの観測が行われ、海運や行政を支える役割を果たしました。
現在も気象関連施設として利用されています。
31.南部地方エンジニアリング事務所 (Southern Provincial Engineering Office)
旧) オランダ統治時代 砲兵連隊施設(Dutch Artillery Regiment Building)
ゴールフォートはインド洋交易の重要拠点であると同時に軍事要塞でもあり、砲兵隊は港や城壁を守る重要な役割を担っていました。
32. 時計塔 (Galle Clock Tower)-1883年
この時計塔は、ロンドン大学で医学博士号を取得した最初のセイロン人であり、英国総督付き医師やゴール市議会議員を務めたPeter Daniel Anthonisz医師(1822–1903)への感謝と敬意を表して建設されました。
塔に設置された時計は、ロンドンのMorrisons社製のものです。
33.道路開発局 (Road Development Authority)
旧用途)英国統治時代 警察官舎(British Police Inspector's Quarters)
ゴールフォート内には、植民地行政を支える警察、裁判所、郵便、電信、港湾管理などの施設が整備され、この建物も英国時代の行政機能の一部を担っていました。
34. テニスコート (Tennis Court)
19世紀以降、イギリス人によって植民地各地にクリケットやテニスなどの英国式スポーツが広められ、ゴールフォートでも軍関係者や行政官、居住者の交流の場として利用されたといいます。
35.メインゲート/イギリス門 (British Entrance )-1873年
オランダ時代のゴールフォートは軍事要塞として防衛を重視した構造でしたが、イギリス統治時代になると要塞内部は行政施設や住宅、商業施設が広がる都市へと変化しました。
かつてゴールはインド洋航路の重要な港町として栄え、外国人商人や旅行者が行き交う国際都市で、この百貨店は、当時のゴールにおける近代的な商業活動を象徴する施設の一つでした。
現在、スリランカの国営銀行であるBank of Ceylon(セイロン銀行)のゴールフォート支店として利用されています。
まとめ
それぞれの建物の役割や時代背景を知りながら歩くことで、単なる街歩きとは異なる世界遺産の魅力を発見できるはずです。前編(1〜16)、後編(38〜60)とあわせて巡れば、ゴール旧市街をより深く楽しめます。
追記)🔗『コロンボから世界遺産ゴールまで 列車移動の落とし穴』
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