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【エナ・デ・シルバ生誕100周年】スリランカのバティック芸術を築いた女性の展覧会 (前編)

ランカフルカターワ

エナ・デ・シルバとは?|スリランカのバティック芸術を築いた女性

エナ・デ・シルバ(Ena de Silva:1922-2015年)はスリランカを代表するバティックアーティストです。

1960年代以降、徐々に廃れつつあったバティック(ろうけつ染め)に彼女は新たな命を吹き込みました。バティックを芸術作品にまで高め、スリランカのバティック産業を再生させたとも言われています。

エナは2015年に93歳でこの世を去りましたが、2022年はエナ生誕から100周年となることを記念して、10月22日から各所で展覧会が開催されています。

バティック産業の復興と伝統工芸への取り組み

バティック以外にもエナは、刺繍や木彫り、真鍮鋳物などスリランカの工芸品や伝統技術を復活させることにも尽力しました。
生涯にわたりエナはバティックと刺繍を探求し、スリランカのテキスタイルを新しい芸術として確立させました。

エナ・デ・シルバが生み出したバティック芸術

エナとバティックとの出会い

バティックは当初、幼い息子のアニル(Anil Gamini Jayauriya)の芸術的才能を伸ばすために始めました。
やがてバティックは、彼女のライフワークの一つとなり、成長した息子アニルや友人の建築家で芸術家のラキ・セナナヤケ(Laki Senanayake)とのコラボレーションを通じて、バティックを芸術作品にまで押し上げました。

スリランカ伝統の旗や寺院装飾から着想を得たバティック

彼女の作品の多くは、スリランカを含む南アジアや東南アジアで見られる伝統的なオブジェや書籍などからインスピレーションが得られています。また、1960年代の西洋デザイナーの作品などもエナの作品の資料となっています。

幾何学的模様は、『Tantra Art and Tantra Asana(1971年)/Ajit Mookerjee著』などの出版物や、寺院絵画の縁取りとしてよく用いられる伝統的装飾文様が参考となっています。

【参考】Tantra Asanaの表紙[amazon/books]より転載

エナ・デ・シルバとジェフリー・バワ|建築と芸術の協働

エナハウス誕生とバワとの出会い

60年代初頭にエナは、ジェフリー・バワ(Geoffrey Bawa)に自宅の建築を依頼します。
彼女は、西洋の影響が多く入った当時の一般的な住宅では満足できず、スリランカの伝統的な住宅建築に沿ったものを探していました。

バワ設計によるエナの家は、中央に大きな中庭が設けられ、屋内と屋外が境界なく融合した家となりました。自宅の建設をきっかけに、バワとエナは仕事仲間として多くの仕事をしていきます。

📝エナデシルバ邸については、スタッフブログに書いていますので、興味のある方はご覧ください『🔗70km動いた家 (エナハウス / No.5)(←タイトルをクリックすると該当記事にリンクします)

アルヴィハーラヘリテージセンターとは

マータレーに設立した工芸工房

夫のオスモンドの死後、彼女は英連邦事務局のコンサルタントとして英領バージン諸島に渡りました。帰国後の1981年に、先祖代々の故郷であるマータレーのアルヴィハーラに工房を移し、工芸品の共同組合『マータレーヘリテージセンター(Matale Heritage Centre)』を立ち上げました。

この工房は数百人の雇用を創出し、農村経済を支援するとともに、女性を含めた経済的自立の強化に貢献しました。

現在も受け継がれるエナ・デ・シルバのデザイン

さらには工芸の発展や、国内の新進の若い職人たちに足がかりを与えたと言われています。
工房はエナの死後に、エナの故郷でありエナの家系の屋号に敬意を表して『アルヴィハーラヘリテージセンター(Aluwihare Heritage Centre)』と名前を変えて、引き続きエナのデザイン作品などが制作されています。今回の展覧会の主催でもあります。

バティックや刺繍を通じて、スリランカの伝統工芸に新たな価値を与えたエナ・デ・シルバ。その作品と思想は、没後もなお多くの職人や芸術家たちに受け継がれ、スリランカの「モダン」の礎として今も息づいています。

エナ・デ・シルバ生誕100周年展覧会

展覧会などエナ生誕100周年関連の催し物は、4か所で開催されます。

本記事(前編)では、Barefoot Loft Galleryで開催中(11/3まで6日まで会期延長)の『Ena de Silva and the Making of a Sri Lankan Modern』Rithihi で開催中(11/3まで)の『Ena’s Sarees』の展示内容について紹介しています。

後編では、建築家のC.アンジャレンドランの自邸と、バワが改築を手掛けたデサラムハウスで開催されたプログラムを紹介しています⇒『🔗エナデシルバ生誕100周年展覧会 (後編)
引用元の記載の無い写真は、全て会場内で撮影したものですので不明瞭な点はご了承ください。

① 展覧会-『Ena de Silva and the Making of a Sri Lankan Modern』

展覧会名:『Ena de Silva and the Making of a Sri Lankan Modern』
会期:2022年10月22日~2022年11月3日 6日まで会期延長
会場:Barefoot Loft Gallery (8th lane, Colombo 03)
開場時間:毎日10:00~18:00
入場料:無料
展示概要:無料

大阪万博セイロン館とバティック旗

1970年に日本の大阪で開催された日本万国博覧会(大阪万博)では、「セイロン館」(スリランカの旧国名)の設計をE.R.& B.建築事務所が請け負い、バワアヌラ・ラトナヴィブシャナ(Anura Ratnavibushana)が共同設計しました。

セイロン館の中には、エナと共同制作者による、伝統的な王国旗や州旗、寺院旗などのモチーフを現代的に解釈して作ったバティック旗が展示されていました。

万博のために製作・展示された旗は、以降ホテルなどから大型サイズの作品が注文されるきっかけとなりました。1982年には、新国会議事堂(バワ設計)のためにバワより12枚のバティック州旗の制作の依頼を受けました(この州旗は特別な行事がある際に国会議事堂の前庭に飾られるとのこと)。

[Sinhalese banners and standards(初版1916年)/Edward Walter Perera著]

スリランカ古来の旗やバナーのうち37点の図版で、エナが伝統的な旗やバナーを理解するのに役立てていたと言います(展示されている図版は1980年再版のもの)。
展示されているページは、今展覧会のロゴにもなっている[Wellasa Disawa,Kandy]の旗。(Disavaはシンハラ語で方向」を意味します)

[Kandyan Period Flag]

(19世紀)

キャンディ王朝時代の旗。ライオンが描かれた旗は、古くは王旗として古代の絵画にもみられ、現在のスリランカの国旗のモチーフともなっており、最も長く継続して使用されているシンボルです。

❸ [Walapane Dissavage Mayura Kodiya]

(1989年/エナデシルバ)

この旗はエナが製作し、マータレーの自宅のダイニングエリアに飾られていたもの。
幾何学的な縁取りは、キャンディ王国時代の旗から着想を得ており、中央はクンダサーレ(Kundasale)寺院から発見された[Mayura Kodiya]を基にしています。
(Dissavageはシンハラ語で地区の」の意味。Mayuraはサンスクリット語で孔雀の意味で、Kodiyaはシンハラ語での意味)

❹ [Walapane Dissavage Mayura Kodiyaのトレース]

(1985年頃/エナデシルバと共同制作者)

❺ [Uva Dissave Maha Hansa Kodiya]

(1989年頃/エナデシルバ)

この旗は❸と同じくエナが製作し、マータレーの自宅のダイニングエリアに飾られていたもの。
この旗の図柄はウバ州キャンディのマルワッテ(Malwatte)寺院から発見された[Uva Dissave Maha Hansa Kodiya]を基にしています。
(Dissave(Disava)はシンハラ語で「方向」を意味します。Hansaはシンハラ語でガチョウ/白鳥の意味)

[Lagna Kodiya]

(1974年/エナデシルバ)

このバナーは1974年から2005年までランカオベロイホテル(現在のシナモングランドホテル/Cinnamon Grand)のロビーに飾られてた3つのバナーのうち最大のもので、幅約5メートル長さ約16メートルにもなります。息子のアニルがスケッチした絵を基に制作したもので、黄道12星座が描かれています。
【参考】上記画像はオベロイホテルのロビー[Giant batiks that turned heads, skywards]より転載

❶ [Thun Korale Berunda Kodiya]

(2016年/エナデシルバ)

このバナーは1974年から2005年までランカオベロイホテル(現シナモングランドホテル)のロビーに飾られてたバナーの縮小版のトレースから製作されたもので、現在アナンタラカルタラ/Anantara Kalutara Resortホテルの宴会場入り口に掲げられているセットの一つです。
双頭の鳥(Gandaberunda)のモチーフは、南インドに起源をもつとされています。インド南西部のカルナータカ州に多く、1505年頃に流通した硬貨や、現在のカルナータカ州の紋章にも描かれています。

スリランカでも広く使われており、14世紀に建てられたとするエンベッカ寺院の柱の1つにも彫られています(下記参照)。

【参考】上記画像は[Amazing Lanka-Embekke Devalaya]より転載

❷ [Wall Hanging for Triton Hotel]

(1981年/エナデシルバ)

1981年にバワが手がけたトリトンホテル(現ヘリタンスアフンガッラ/Heritance Ahungalla)のパブリックスペース用に製作されたものの一つ。

❸ [Valapane Mayura Kodiya]

(1965年/エナデシルバ)

中央はクンダサーレ(Kundasale)寺院から発見された[Mayura Kodiya]を基に製作されたもの。

❹ [Ceiling penels of the Bentota Beach Hotel]

(1995年/エナデシルバ)

ベントタビーチホテル(現シナモンベントタビーチ/Cinnamon Bentota Beach)のために制作されたもの。エナの息子のアニルが描いた絵がベースになっています。

最初の制作は1967年、今展覧会で展示されているのは1995年頃に製作されたものです。

ちなみに現在のシナモンベントタビーチにはめられているパネルは、ホテルの全館リニューアルに際して、2020年にアルヴィハーラヘリテージセンターで再製作されたものです。
【参考】シナモンベントタビーチのレセプション。上記画像は[Cinnamon Bentota Beach]より転載

[Mahanuwara Kataragama Devala Kodiya]

(1978年頃/アニル.G.ジャヤスーリヤ&エナデシルバ)

[Mahanuwara Kataragama Devala Kodiyaのドローイング]

(1978年頃/アニル.G.ジャヤスーリヤ)

このバナーは、キャンディにあるカタラガマデーワーより発見されたものを忠実に再現したものです。赤と黒で描かれたこの旗はほとんど手描きで、オリジナルのものよりも明るく仕上がっています。
(デーワーレ(Devalaya)は土着の神やヒンズー由来の神などを祀った寺院/祠)

❶ [Tree of Life (Mal gaha)]

(1970年代/エナデシルバ)

エナのバティックにはこの『生命の樹(Mal Gaha)』をモチーフにした作品が多くあります。このオリジナルのデザインはエナの娘のアヌラ(Anula Kusun Jayasuriya)によるものです。

❷ [Wall hanging]

(1970年頃/エナデシルバ)

❸ [Lighthouse Ceiling Panel]

(1997年頃/エナデシルバ)

ゴールにあるジェットウィングライハウス(Jetwing Lighthouse)ホテルのバー(COATS OF ARMS BAR)の天井のためのパネル作品。

バワは1995年にエナに当ホテルのバーの天井を飾る作品を依頼しました。エナは、17世紀のオランダ植民地時代にオランダ政府が贈ったスリランカ(当時はセイロン)の紋章などの当時の国旗や紋章をテーマに作品を作りました。

【参考】ジェットウィングライトハウスのCOATS OF ARMS BAR。上記画像は[Jetwing Lighthouse-COATS OF ARMS BAR]より転載
【参考】上記画像はWikimedia Commonsの[Coat of arms Ceylon dutch colony]より転載
【参考】制作風景[SERENDIB(Vol.16 No.1 Jan-Feb 1997)15ページ]を転写(右端がエナ)

❶ [Kotiya (Leopard Hanging)]

(1975年頃/アニル.G.ジャヤスーリヤ)

エナの息子アニルによる作品。アニルは芸術家としてバティックや彫刻などの作品を制作していました。動物学を専攻していた自然愛好家でもあった彼の作品には動物をモチーフにしたものが多くみられます。 

❷ [Hornblls Wall Hanging]

(1978年頃/ラキセナナヤケ&エナデシルバ)

これはラキ・セナ・ナヤケ(Laki Senanayake)の原画からつくられたとされています。

❶ [Val Cart]

(1960年頃/アニル.G.ジャヤスーリヤ)

エナの息子アニルによる作品。彼の絵画や素描はベントタビーチホテル(現Cinnamon Bentota Beach)のレセプションの天井パネルやオベロイホテル(現Cinnamon Grand)の基にもなりました。

❷ [Elephant]

(1963年頃/ラキセナナヤケ)

ラキ・セナナヤケ(Laki Senanayake)エナとの仕事を始めた同時期に描かれた絵。ベアフット(Barefoot)の創業者バーバラ・サンソーニ(Babara Sansoni)の息子のシモン・サンソーニ(Simon Sansoni)への誕生日カードとして贈られました。

❶ [Note cards]

(1960年代/アニル.G.ジャヤスーリヤ)

エナの息子のアニルが、1967年にベントタビーチホテル(現Cinnamon Bentota Beach)のレセプションの天井パネルのために描いた図面を基にデザインされたカードと封筒

❷ [Note cards]

(1960年代/アヌラ.K.ジャヤスーリヤ)

エナの娘アヌラがデザインした『生命の樹(Mal Gaha)』のカード。エナのバティックにはこの『生命の樹(Mal Gaha)』をモチーフにした作品が多くあります。

❸ [Note cards]

(1970年代/ヘーマ.ダルマセーナ)

ヘーマ(Hema Dharmasena)はエナの組織の中心人物で、ランカオベロイホテル(現シナモングランドホテル)の巨大タペストリーや新国会議事堂のための州旗などの制作の管理やデザインを担当しました。
↑バティックの金型とそれにより作られたバティック布(1960年代)↑
1ヤード(約0.9メートル)単位で作られていた上記の文様布地は、真鍮の金型を用いたブロックスワックスの手法を用いることにより、製作時間を短縮することが可能となりました。

バティックだけではない|刺繍作品の魅力

エナの母から受け継いだ刺繍文化

エナの母ルシールがマータレーに設立した刺繍工房は、地元の女性達にわずかな収入を補うことができる手芸技術を教えようという取り組みから始まりました。

エナ自身も、Ethel Coomaraswamyのキャンディアン刺繍に関するパンフレットに大いに触発されたと語っています。

Ethel Coomaraswamyは1872年生まれのイギリス人で、夫の仕事でスリランカに渡ったのを機にスリランカの各村の芸術品や工芸品を記録と写真に残し、1907年に本国に帰国後スリランカの工芸品に関する著書を発表しました。

キャンディアン刺繍との融合

エナはアップリケと刺繍のユニークな組み合わせにより、エナは古来のキャンディの伝統的なステッチやパターンを生かしつつ、18~19世紀のスリランカの寺院絵画に見られる蓮のイメージやその他のモチーフから得たパターンやデザインを作り上げ、ファッションのデザインにも取り入れました。
↑アルヴィハーラヘリテージセンターのキャンディアン刺繡の基本ステッチ↑
2010年頃作られたもので、エナのこのデザインは18~19世紀にかけてキャンディ地方の寺院の絵画装飾として描かれていた蓮の羅列から着想が得られています。
手刺繍とアップリケが施された壁掛けは、2010年頃に製作されたもので、サリーやドレスなどの装飾に用いられた素材と伝統的なキャンディアン刺繍が組みあわせられています。
手前のハンドバックは、エナの母が村の女性の雇用のための刺繍工房の研修で作られたもの(作者不明/1950年代)。
↑クッションコレクション(製作年1960年代から2020年)↑
上記のクッションは、エナ自身ならびにバワ財団のために製作されたコレクションの一部です。様々なアップリケデザインならびに伝統的なキャンディアン刺繍の基本ステッチの技法が使われています。

娘と工房の女性たちが紡いだ特別なサリー

1960年代に娘のアヌラ(Anula Kusum Jayasuriya)が描いた絵(上記写真右)を、エナはトレースしてアップリケモチーフにして1989年の娘の結婚式の際に着用しました

そのパッチワークの一つ一つは、エナの工房の女性達がそれぞれの自宅で制作したものをキャンディアン刺繍にて繋ぎ合わせてサリーに仕立てています。

サリーの振りの部分は、取り外して壁掛けにできるようにデザインされています。
↑上記写真はAluwihare Heritage Centreの公式Instagramより転載↑

バッグ・財布・クッションなど生活に息づく作品

メガネケースや小銭入れの後方に見える立方体の刺繍箱は、スパイスボックス(香辛料入れ)で、1989年のエナの娘の結婚式の出席者へのギフトとしてつくられました。

❶ [Spectacle case](エナデシルバ 他)
❷ [Coin Purse](1980年代/エナデシルバ 他)
❸ [Coin Purse](1980年代/エナデシルバ 他)

この小銭入れは、スリランカの伝統的なヤシの葉の小銭入れを刺繍入りの布で覆ったもの

❹ [Coin Purse](エナデシルバ )
❺ [Embroidered Handbag](1975年頃/エナデシルバ)

このハンドバックは1950年代に社交の場でエナが着用していたアンサンブルに合わせて作られたもののひとつで、伝統的なBetel Bag(嚙みタバコとして用いるキンマ(Betel)の葉と道具を持ち運ぶための装飾が施された布製袋※下記写真参照)を参考に作られました。
上記のバッグは19世紀につくられたBetel Bag。エナはBetel Bagを参考に、服装に合わせてバッグを制作しました。
手前の写真は、1947年頃に撮影されたエナと夫のオスモンド、息子のアニルとの家族写真。
エナはBetel Bagを参考に、サリーに合わせたバッグを持っています。

❶ [Purse](1980年代)
❷ [Purse](1980年代)
❸ [Purse](1980年代/エナデシルバ )

この白い綿布にアップリケを施した財布は、仏教寺院で供物のカバーに使われている蕾のように縫う技法を応用したものです。

エナ・デ・シルバが手掛けたファッションデザイン

サリー・ドレス・シャツなど多彩な衣服

エナが芸術的実践の延長として構想した衣服は、ファッションと同様に外交の役割も果たしていました。

エナの父は、独立後のセイロン(スリランカの旧国名)で初めて警視総監になった人物であり、エナの夫は父に次いで2番目の警視総監となった人物でした。

独立直後のセイロンでは警視総監という役職においては、日ごろから身なりを整えることは重要なことでした。

Mariposaブランドと1960年代のモダンデザイン

1960年代初頭には、エナは自分のデザインしたテキスタイルを使って衣服を制作し、コロンボのショップで販売しました。

伝統的なサリーやサロンなどの民族衣装とともに、エナはフィンランドのマリメッコ(Marimekko)やイタリアのエミリオプッチ(EMILIO PUCCI)など、ヨーロッパで人気のあるデザインに呼応するかのように、当時の国際的なデザインシーンを取り入れたデザインを制作しました。

伝統と現代を融合させたテキスタイルデザイン

エナは結婚式のサリーから男性用シャツ、ホテルのユニフォーム、さらには寺院の象の服に至るまで手掛けました。
エナの衣服には、「歴史ある伝統」と「時代の先端」の両方を組み込んだ独自の芸術表現が込められています。

❶ [Kelani Dress](1970年代/エナデシルバ)
11 [Terracotta Pot](1960年/制作者不明)

[Kelani Dress]の柄のインスピレーションの基になったと思われる水瓶。
↑左は水瓶、右はKelani Dressの一部分↑

❷ [Collared Dress](1960年代/エナデシルバ)

襟付きのワンピ―スはエナがMariposaで販売するためにデザインしたカジュアルウェアの一つ。Mariposa(マリポサ)は1960年代のエナの工房の服を販売していたお店。

❸ [Shirts](1960年代/エナデシルバ&Kaduwela Pathmini)

息子アニルのために作られたシャツ。

❹ [Mariposa Skirt](1960年代/エナデシルバ)

[Tree of Life(生命の樹)]をモチーフにしたスカート。柄の中にブランド名Mariposaのロゴと、バティック職人のニルナッカの名前がシンハラ文字で入っています。

❺❻ [Shirts](1960年代/エナデシルバ)
❼ [Batik Sarongs](1960年代/エナデシルバ)
❽ [Batik Sarongs](2005年/エナデシルバ)

❾⓾ [Sarees and Blouses](1980年代/エナデシルバ )
❾⓾染色後にミシンで刺繍をほどこしたもの。

❶ [Saree and Blouse](1970年代/エナデシルバ 他)

元々は結婚式のサリーとして作られたシルクの白のサリーを、イブニングウェアとしてリメイクしたもの。

❷ [Bedspred](2010年/エナデシルバ)
❸ [Batik Saree](1975年/アニル.G.ジャヤスーリヤ&エナデシルバ)

❹ [Batik Saree](1960年代/エナデシルバ)
❺ [Saree](1994年/エナデシルバ 他)

② 展覧会-『Ena’s Sarees』

展覧会名:『Ena’s Sarees』
会期:2022年 10/22~2022年 11/3
会場:Rithihi (No.19, Alfred House Gardens, Colombo 03)
開場時間:毎日10:00~18:00
入場料:無料

バティック・刺繍・アップリケが融合したサリー

エナは長年にわたり、家族や友人のために多くのサリーをデザインし、制作してきました。シンプルなバティックコットンのサリーから、非常に複雑なアップリケ、時にはその両方を組み合わせたものまで、様々なサリーが作られました。

エナは、バティックと刺繍、アップリケ、かぎ針編みを融合させることで、スリランカの伝統衣装を時代を超えたデザインと魅力を持つユニークなファッションへと押し上げました。

↑娘の結婚式に着用↑

ステッキやヘッドピースなどのファッション小物


↑衣装に合わせてステッキやヘッドピースも製作。ステッキ入れもオリジナルのもの↑
↑エナのステッキコレクション↑
↑エナについて掲載された雑誌。コサージュのようなものは、ヘッドピース↑

書籍『GILDING THE LILY』とエナの功績

右上の本『GILDING THE LILY』は、エナの甥であるラジーワウィジェシンハ(Rajiva Wijesinha)が、ジェフリーバワ財団の資金提供を受けて2002年に出版したもので(現在絶版)、エナの活動がまとめられた本となっています。80歳(2002年)のエナの誕生日に、サプライズでエナに贈られたと言います。

エナ・デ・シルバが現代スリランカ美術に残したもの

エナ・デ・シルバ生誕100周年を記念した展覧会では、バティック作品だけでなく、刺繍やアップリケ、衣服、デザイン資料まで幅広く展示され、彼女が築き上げた創作の軌跡をたどることができました。

特に印象的だったのは、ジェフリー・バワとの協働によって生まれたホテルや公共建築の大型作品の数々です。スリランカの伝統的な旗や寺院装飾、自然や神話をモチーフにした作品は、現在も多くの建築空間で受け継がれ、エナの芸術が今なお生き続けていることを実感しました。

また、作品の背景には、娘アヌラや息子アニル、ラキ・セナナヤケをはじめとする芸術家たちとの共同制作、そして工房で働く女性たちの高度な手仕事がありました。一人の芸術家の才能だけではなく、多くの人々との協働によって「スリランカのモダン」が形づくられたことも、この展覧会の大きな見どころです。

後編では、建築家C.アンジャレンドランの自邸と、ジェフリー・バワが改築を手掛けたデサラムハウスで開催された100周年記念プログラムの様子をご紹介します。建築と芸術が響き合う特別な空間にも、ぜひご注目ください⇒『🔗エナデシルバ生誕100周年展覧会 (後編)

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  2026年7/1追記) ⇒ 【2027年】スリランカの祝日・祝祭日一覧 2026年のスリランカの祝祭日が、5月27日付の臨時官報で発表されました。 2026年は祝祭日が土日と重なる日が多いものの、 4月には土日と合わせて4連休が1回 、 3月・5月・6月・12月には土日と合わせて3連休となる日並びがあります 。 スリランカの祝日は、仏教、ヒンズー教、イスラム教、キリスト教の4つの宗教に由来しています。 さらに、スリランカでは毎月満月の日が祝日となります。これは ポヤデー(Poya Day) と呼ばれる仏教由来の祝日で、満月の日には仕事や飲酒、肉食を慎み、寺院を参拝して敬虔の念を深める日とされています。 下記の祝日には3種類のマークを付けました。なお、一部の祝日は民間企業では休日とならない場合があります。 ◆  Public Holiday:一般の祝日(公的機関や学校などが休み) ◆ Bank Holiday:銀行の休日 ● Mercantile Holiday:商業部門・民間企業の休日(国民の休日) 1月   ※ スリランカの正月(正式には 「シンハラ・タミル正月」 )は4月のため、1月1日は祝日ではありません。しかし、新年を祝う習慣はあり、職場では各家庭から持ち寄った伝統菓子やミルクライスを囲んで新年を祝い、女性はサリーやサルワールなど民族衣装を着て出勤する人も多く見られます。 3日(土) : ドゥルトゥ ポヤデー(満月日) ◆ ◆ ● ※ コロンボ郊外の ケラニヤで行われる「ドゥルトゥ・ペラヘラ」 は、毎年ドゥルトゥ月の満月日前夜を最終日として3日間開催されます。寺院周辺を巡行する本格的なペラヘラが行われるのは最終夜です。 15日(木) : タイポンガル(タミル豊穣祭) ◆ ◆ ● 2月 1日(日) : ナワン ポヤデー(満月日) ◆ ◆ ● ※ コロンボで開催される「 ナワン・ペラヘラ 」は、キャンディ・ペラヘラに次ぐ規模を誇ります。毎年ナワン月の満月日が最終日に設定されるため、2026年は1月31日~2月1日に開催される可能性があります(※正式発表前)。 ナワンペラヘラについては以前記事を書いていますので、ご興味のある方は下記タイトルをクリックして閲覧ください。 🔗 ペラヘラ祭りはキャンディのみならず 4日(水) :独立記念日 ◆ ◆...

コロンボから世界遺産ゴールまで(列車移動の注意点と快適A/Cバスの案内)

スリランカの鉄道といえば、 高原列車(アップカントリーライン) が有名ですが、インド洋を眺めながら走る 海岸列車(コースタルライン) も人気があります。 この路線は、スリランカ最大の商業都市 コロンボ(Colombo) や旧市街が世界遺産に指定されている ゴール(Galle) も含まれますので、列車を使ってコロンボ(フォート駅)からゴール方面への移動を考えている方もいるかと思います。 しかし実際には、座席の確保や遅延、時刻表の違いなど、日本の鉄道とは異なる点も少なくありません。 この記事では、コロンボ〜ゴール間を列車で移動する際の注意点と、おすすめの公共交通機関について実体験を交えながら紹介します。 コロンボからゴールまで列車で移動する前に知っておきたい5つの注意点 ① フォート駅は海岸列車(コースタルライン)の始発駅ではない * 正式名称は Colombo Fort 駅 フォート(Fort)駅 はコロンボ最大の駅で、キャンディやヌワラエリヤ方面などのアップカントリーラインの始発駅であります。しかし コースタルラインの始発駅は、フォート駅の隣の マラダーナ(Maradana)駅 となります (フォート駅始発もあります。②の時刻表参照)。 この路線は通勤通学の利用客が多いため、利用客の多い時間帯は フォート駅に到着した時にはすでに座席に空きがない ばかりか、フォート駅でさらに乗り込むので満員状態で、乗車時間の半分近くが立ちっぱなしとなることもあります。 フォート駅からマラダーナ駅までは約2kmしか離れていません。コロンボ始発の列車でなければ マラダーナ駅からの乗車をお勧め します。 ただ始発駅であっても、利用客の多い時間帯は列車の入構と同時に席の争奪戦となります。 日本のようにきちんと整列していないばかりか、乗車位置が定まっておらず、乗車口に人が殺到しますので、身の安全(スリも含めて)に気を付けてください。 コロンボ・ゴール間を列車移動したい場合は、下り(コロンボからゴール)よりも上り(ゴールからコロンボ)をお勧めします。 逆区間(ゴール駅からコロンボ ペター駅まで)の午後 (夕方前の通勤通学の利用客が少ない時間帯) の列車であれば、ゴール始発でなくても座れる可能性が高い です。 ② 列車によって所要時間が大きく異なる 日本でも急行と各駅停車では所要時間が異なるように...

サリー(オサリヤ)の魅力と、着るときのポイント(注意点)

2022年9月追記) スリランカでは男性が着用するサラマ(サロン)の女性におすすめの着方について記事にしました→ 『🔗 女性にもおすすめスリランカのサラマ (サロンSarong) 』 (←タイトルをクリックすると該当記事にリンクします) ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー サリー(Saree/Sari) は、スリランカをはじめ、インド、ネパール、バングラデシュなど南アジア各地で着用されている女性の民族衣装の一つです。 共布で仕立てたブラウスに、5メートル以上の長い布を巻き付けて着用します。布の巻き方によってさまざまな着こなしができるほか、体型を問わず美しく着こなせることもサリーの魅力の一つです。 素材もコットン(綿)、化繊、シルクなどさまざまで、光沢のあるものやプリント柄、染色されたもの、手織りのものなど、その種類は実に千差万別です。 📝 サリーを購入するなら⇒ 『 Amazon/サリー一覧 』 スリランカでは大きく分けて2種類の着方 がされています 。 下の写真が多くの方がイメージするインド式のサリーの着方かと思います。 サリーを着用する国の大半はこの着方がベースになっているかと思います。 こちら⇩は上のサリーをアレンジしたもの。タックを止めずに着流したものです。パーティ―など宴席で多く見られる着方です。 下の写真⇩ は上下2部に分けるように腰回りに襞を作っています。これは スリランカ独自に発展した着方 です。 スリランカでは、多くの国で着られる左二つのインド式の着方は 「 サリー または インディアンサリー 」 と呼ばれています。一番右のスリランカ独自に発展した着方は 「 オサリヤ または キャンディアンサリー 」 と呼ばれています。 下記の布の場合、端にある 大きな絵柄がインド式サリーとして着た場合は後ろ(横)に垂らすタレ に来るように着つけます。 オサリヤ(キャンディアン)として着た場合は正面などスカート部分に大きな絵柄 が来るように着つけます。 どの着方でも、共布で作った ブラウス(へッタ) をきて、サリー用の アンダースカート に 1枚の布 を巻き付けて着ています(↓)。 補足) アンダースカート (サリーの下に履き、和装の裾除けのような役割を果たす)は 通常サリーの色に合わせて同系色を選びます (通常青色のサリーの場合は、青色...