ピドゥランガラロックに残る仏教遺跡
ピドゥランガラロックは、シーギリヤロックから約2.5km北に位置する岩山です。シーギリヤロックを正面に望む絶景スポットとして知られ、日の出や朝焼けの時間帯には多くの観光客が訪れます。
しかし、ピドゥランガラロックの魅力は、シーギリヤを望む景色だけではありません。ピドゥランガラは、古くから仏教と深い関わりを持つ場所でもあります。
ピドゥランガラロックには石窟寺院があり、登る途中では、現在も使われている寺院を見ることができます。さらにその周辺には、かつて僧侶が瞑想や修行を行っていたとされる場所や、涅槃仏も残されています。
↑ピドゥランガラロック(ピドゥランガラ ロイヤル石窟寺院)の入口。仏教寺院らしい門構えとなっています。↑ 僧侶たちが瞑想や修行を行ったとされる場所。岩陰を利用した小さな房状の空間が残されています。↑ 全長約15mの涅槃像。1960年代にトレジャーハンターによって頭部と上半身が破壊され、現在の頭部と胴体はその後に修復されたものです。
一方、登頂ルートから少し足を延ばした岩山の麓には、現在は使われていない古代僧院の遺構が残されています。
今回紹介するのは、このPabbata Viharaya(パッバタ ヴィハーラヤ)です。仏塔や仏堂、菩提樹堂、集会所など、古代の僧院を構成していた施設の遺構が残されており、ピドゥランガラが古くから仏教と関わってきたことを今に伝えています。
ちなみに、Pabbata(パッバタ/පබ්බත)には「山」「山岳」「岩山」という意味があります。「Viharaya(ヴィハーラヤ)」は僧院・寺院を意味するため、Pabbata Viharayaは「山の僧院」といった意味になります。
ピドゥランガラは古代から続く仏教修行の地
シーギリヤロックに王宮を築いたことで知られるカーシャパ王(5世紀後半)は、王宮建設にあたり、シーギリヤ周辺の洞窟で修行していた仏教僧たちを、ピドゥランガラに整備した僧院、Uppalavanna Kashyapa Girri Viharayaに移住させたと伝えられています。そのため、ピドゥランガラはカーシャパ王の時代に整備された仏教僧院として紹介されることがあります。
↑ピドゥランガラロックの入口の看板には、「寺院は西暦5世紀にカーシャパ王によって建てられました。この寺院兼瞑想僧院は、考古学的に非常に重要な場所です」と記されています。
しかし、ピドゥランガラにおける仏教修行の歴史は、カーシャパ王の時代に始まったわけではありません。
スリランカに仏教が伝来したのは、伝承上、紀元前247年とされています。ピドゥランガラ周辺の洞窟には、それから間もない時代にあたる紀元前3世紀頃の初期ブラーフミー碑文が残されており、カーシャパ王が僧侶たちを移住させるはるか以前から、この地域が仏教僧の修行・居住の場として利用されていたことをうかがわせます。
つまり、カーシャパ王による僧侶の移住は、ピドゥランガラに仏教僧院が「新たに始まった」出来事ではなく、すでに存在していた仏教修行の場が、5世紀後半にさらに整備・発展するきっかけとなったものと考えることができます。
こうした長い仏教史を持つことから、ピドゥランガラロックを含む周辺一帯は「Pidurangala Archaeological Site(ピドゥランガラ考古学遺跡)」として指定されており、現在も多くの仏教遺跡が残る歴史的価値の高い場所となっています。
麓に残るパッバタ・ヴィハーラヤ遺跡
ピドゥランガラロックの麓に位置するPabbata Viharayaでは、レンガや石を用いて築かれた古代僧院の遺構を見ることができます。
この遺跡が、『マハーワンサ(Mahavamsa/大史)』に記された「Sigiri Dalha Viharaya」「Boupulwan Kasupgiri Viharaya」「Mahanama Pabbata Viharaya」のいずれにあたるのかについては、現在も議論があります。
『マハーワンサ(Mahavamsa/大史)』は、スリランカの仏教や王たちの歴史を中心に記した古代の年代記で、5~6世紀頃に成立したとされています。スリランカの古代史を知るうえで重要な史料の一つですが、Pabbata Viharayaがそこに記されたどの僧院にあたるのかについては、現在も明確な結論が出ていません。
また、現在残されている洞窟や建造物が、かつて一つの複合的な僧院施設を構成していたのか、それとも長い歴史の中で、異なる時期にそれぞれ築かれたものなのかについても、議論が続いています。
パッバタ・ヴィハーラヤ遺跡の構成
ここは、スリランカの古代僧院に見られる「パンチャワーサ(Panchavasa)」と呼ばれる僧院配置を構成しています。
1. 菩提樹が植えられていた場所(ボーディカラヤ/Bodikaraya)
2.仏塔跡(ストゥーパ/Stupa)
3. 仏像を安置していた仏堂跡(ピリマゲヤ/Image House)
4. 儀式や集会に用いられた施設(サバー シャーラーワ/Saba Shalawa)
古代スリランカの僧院と社会との関係を知るうえでも興味深い資料ですが、こうした碑文が示す「奴隷」の実態や、僧院との具体的な関係については、現在も研究が続けられています。
5. 僧侶の布薩・集会所跡(ウポーサターガーラヤ/Chapter House)
この遺跡の周辺には、僧侶たちが生活していた住居跡も残されています。
スリランカ考古局の調査では、5つの儀礼用建築物の背後に、規模の異なる6つの住居群が南北・東西の格子状に配置され、合計35の住居跡が確認されています。この配置からも、当時の僧院が一定の計画に基づいて構成されていたことがうかがえます。
また、遺跡の近くにはHalmilla Wewaがあり、メイン寺院入口前の道路からはPansal Wewaにもアクセスできます。
Pabbata Viharayaへ水を引くための人工水路が確認されていないことから、これらの貯水池が僧院で使用する水の水源だったと考えられています。
Pabbata Viharayaに残る仏塔や仏堂、菩提樹堂、集会所跡などは、かつてこの地で営まれていた僧院生活を今に伝える貴重な遺構です。
遺跡は出入口が囲われておらず、特定の入退場時間に制限されることなく、アクセスできます。ピドゥランガラロックを訪れる際には、シーギリヤロックを眺めるだけでなく、ぜひ少し足を延ばして古代僧院の遺跡にも目を向けてみてください。現在も信仰の場として使われている寺院と、長い歴史を刻む古代僧院の遺構。その両方を見ることで、ピドゥランガラが持つ仏教史の奥深さをより感じることができるでしょう。
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