スリランカを代表する建築家「ジェフリー・バワ(Geoffrey Bawa/1919–2003)」。
自然と建築の境界を曖昧にし、風や光、緑を巧みに取り込む空間設計で、「トロピカルモダニズム」を代表する建築家として世界的に高く評価されています。
また、景観と一体化するインフィニティプールをはじめとするリゾート建築は、その後のホテルデザインにも大きな影響を与え、現在も世界中の建築家やデザイナーから高く評価されています。
本サイトでは、バワ建築に関する記事を多数掲載しています。本記事では、人物紹介から宿泊施設、おすすめスポットまでを一つにまとめました。
【この記事で分かること】
▶ジェフリー・バワとはどんな建築家か
▶初めて訪れるなら:おすすめのジェフリー・バワエリア2選
▶初めての方におすすめのジェフリー・バワ建築4選
▶スリランカで泊まれるジェフリー・バワ建築23か所
▶バワ建築を語るうえで欠かせない人物たち
▶ ジェフリー・バワをもっと知るためのおすすめ書籍
1.ジェフリー・バワ(Geoffrey Bawa)とは?
法律家として働いた後、38歳で建築家へ転身したジェフリー・バワは、スリランカの気候や風土に調和した数々の建築作品を生み出しました。
建築家としての原点となったのが、週末の別荘として手に入れた「ルヌガンガ」です。
1948年から亡くなる前年の1998年まで、およそ50年にわたって手を加え続け、生涯をかけて理想の庭園をつくり上げました。
19歳で法学を学ぶためイギリスに留学したバワは、その後の多くの時間を海外で過ごします。弁護士として生活していたバワは、29歳のときにイタリアでヴィラを購入し、永住を考えていました。しかし、その計画は実現せず、すべてを手放して1948年1月にスリランカへ帰国します。
スリランカに家がなかったバワはしばらく兄のベヴィス・バワ(Bevis Bawa)邸でしばらく暮らしながら、自分の理想とする土地を探すために紹介された約30か所の候補地を見て回る中で、ベントタのシナモン農園とゴム農園跡地を購入し庭園の整備や家の改装に乗り出します。それがルヌガンガです。
理想の庭園づくりを進める中で、自らの構想を形にするためには建築の専門知識が必要だと痛感したバワは、34歳でイギリスの建築学校へ留学します。38歳でスリランカへ戻ると、本格的な建築家としての人生が始まりました。
▶年表概略
1919年7月23日:スリランカ(当時は英国植民地「セイロン」)のコロンボに生まれる。
1924~1936年:ロイヤル・カレッジ・コロンボ(Royal College Colombo)に在学
1937年:コロンボ・ユニバーシティ・カレッジ(University College Colombo)に進学
1939年:ケンブリッジ大学セント・キャサリンズ・カレッジ(St Catharine's College, Cambridge)に留学。英文学を学び、その後法律を専攻
1943年:ロンドンのミドル・テンプル(Middle Temple)で法律を学ぶ
1944年:司法試験に合格。弁護士資格を取得。
1948年:スリランカに戻り、ベントタの放棄されたシナモン農園とゴム農園跡地を購入(ルヌガンガ)
1954年:ロンドンの建築協会付属建築学校(Architectural Association School of Architecture、AA)に入学
1957年:Edwards, Reid & Begg建築事務所に入所。建築家としての活動を開始する。
1960年:Edwards, Reid & Begg建築事務所のパートナーに就任する。パートナー就任後も、自身の設計活動を並行して展開
1969年:スリランカ建築家協会(Sri Lanka Institute of Architects)の会長に就任
1998年:脳卒中により第一線を退く
2001年:アーガー・ハーン建築賞会長賞(Chairman's Award)受賞
2003年5月27日:死去
▶バワの仕事と人柄に関する関連記事
🔗ジェフリー・バワ展『It is Essential to be There』前編:ルヌガンガと建築家誕生の原点
🔗ジェフリー・バワ展『It is Essential to be There』(後編)大阪万博セイロン館から幻のホテル計画まで
2.初めての方におすすめのジェフリー・バワエリア2選
❶ コロンボ(Colombo)
▶コロンボバワ建築関連記事
❷ ベントタ(Bentota)
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4.初めての方におすすめのジェフリー・バワ建築4選
① ルヌガンガ(Bentota)
▶庭園ツアー概要
▶ルヌガンガ関連記事
🔗ルヌガンガ宿泊ガイド(前編)Main House Studio・Gate House・Gallery Studio Suiteを徹底解説🔗ルヌガンガ宿泊ガイド(後編):Glass House・Cinnamon Hill House徹底解説+ルヌガンガを満喫するポイント
② ヘリタンス・カンダラマ(Dambulla)
▶ヘリタンスカンダラマ関連記事
🔗ジェフリー・バワ最高傑作「ヘリタンスカンダラマ」全ルームカテゴリー解説③ ジェットウィング・ライトハウス(Galle)
▶ジェットウィングライトハウス関連記事
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▶ガイドツアー概要
5.エリア別 泊まれるバワ建築ガイド
一口に「泊まれるバワ建築」といっても、最初からホテルとして設計されたものもあれば、個人住宅や別荘として建てられた建物を宿泊施設へ転用したものもあります。そのため、一覧では設計当初の建築用途が分かるよう、各施設名の後ろにマークを付けています。
設計年は資料によって異なる場合がありますが、本記事ではジェフリー・バワ財団の🔗Index of Worksと、デイヴィッド・ロブソン著『In Search of Bawa』に掲載されている年を基準としました。
また、ホテル名をクリックすると公式サイトへ、エリア名をクリックするとGoogleマップへ移動できます。
※ホテル名および公式サイトの情報は、2026年6月時点のものです。最新の情報は各施設の公式サイトをご確認ください。
●当初からホテルとして設計された建築
▲当初は個人住宅として設計された建築(別荘を含む)
■当初はブティックホテルとして設計された建築
▶宿泊リスト
宿泊できるバワ建築を設計年代順ではなく、エリア順に掲載しています。
ホテル名 | エリア | 設計年 |設計当初の用途|
1|ヘリタンスカンダラマ(Heritance Kandalama)|ダンブッラ|1991-1994| ●|
2|ジェットウィングビーチ(Jetwing Beach)|ニゴンボ|1986| ●|
3|ジェットウィングラグーン ウェルネス(Jetwing Lagoon Wellness)|ニゴンボ|1965| ●|
4|ナンバーイレブン(Number 11)|コロンボ|1960-1999| ▲|
5|ザ・タワーバイジェフリーバワ(The Tower By Geoffrey Bawa)|コロンボ|1977-1979| ▲|
6|デサラムハウス(De Saram House by Geoffrey Bawa)|コロンボ|1987-1994| ▲|
7|ラトナムレジデンス(Jetwing Ratnam Residence)|コロンボ|1979| ▲|
8|ザ・ブルーウォーター(The Blue Water Hotel and Spa)|ワッドゥワ|1996-1998| ●|
9|アバニカルタラ(Avani Kalutara Resort)|カルタラ|1994(※1970築ホテルの改築)| ●|
10|アナンタラ・カルタラ(Anantara Kalutara)|カルタラ|1994-1996未完| ●|
11|ヘリタンス・アーユルヴェーダ(Heritance Ayurveda)|ベールワラ|1974| ●|
12|シナモンベントタビーチ(Cinnamon Bentota Beach)|ベントタ|1967-1969| ●|
13|ターラベントタ(Thaala Bentota)|ベントタ|1967-1970| ●|
14|ザ・ヴィラベントタ(The Villa Bentota by KK Collection)|ベントタ|1980年代(※1880年築の増改築)| ■|
15|クラブヴィラ(Club Villa Bentota)|ベントタ|1976| ■|
16|ブティック87(Boutique 87)|ベントタ|1978(※18世紀築の建物の増改築)|▲|
17|ルヌガンガ(Lunuganga)|ベントタ|1948-1998|▲|
18|ナンバー5(Number 5-Lunuganga)|ベントタ|1960-1962|▲|
19|ヘリタンスアフンガッラ(Heritance Ahungalla)|アフンガッラ|1979|●|
20|ジェットウィングライトハウス(Jetwing Lighthouse)|ゴール|1995-1997|●|
21|レッドクリフ(Redcliffs Mirissa)|ミリッサ|1997-1998|▲|
22|クラプトンハウス(Claughton House)|タンガッラ|1985-1986|▲|
23|ザ・ラストハウス(The Last House)|タンガッラ|1997|▲|
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🔗ジェフリー・バワ最後の作品『ラスト・ハウス(The Last House)』ータンガッラの隠れ家ヴィラ
5.バワ建築を語るうえで欠かせない人物たち
❶ ラキ・セナナヤケ
日本ではジェフリー・バワとの協働で知られることが多い人物ですが、ラキ自身も建築家、画家、彫刻家、ガーデンデザイナーとして活躍した多彩なアーティストです。1979年発行の第7シリーズ・スリランカ紙幣のデザインや、1970年の大阪万博セイロン館のシンボル「Bo Leaf(菩提樹)」も手がけました。▶関連記事
❷ エナ・デ・シルバ
スリランカを代表するバティック芸術家です。▶関連記事
🔗【エナ・デ・シルバ生誕100周年】スリランカのバティック芸術を築いた女性の展覧会 (前編)❸ ミネット・デ・シルバ
スリランカ近代建築の先駆者。バワは「トロピカルモダニズムを代表する建築家」と称されることがありますが、ミネットは1950年代から気候・地域性を重視した建築を実践しており、「トロピカルモダニズム」の先駆者の一人として高く評価されています。▶関連記事
🔗忘れられた建築家ミネット・デ・シルバ:ジェフリー・バワ以前にスリランカ建築を変えた女性の生涯❹ べヴィス・バワ
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6.ジェフリー・バワをもっと知るための関連書籍
① 熱帯建築家 ジェフリー・バワの冒険 (とんぼの本)
写真からバワ建築を楽しみたい方
② ジェフリーバワ全仕事
バワを深く知りたい方
③ In Search of Bawa: Master Architect of Sri Lanka
バワ建築巡礼の参考書
④ バワと研吾
クラブヴィラ宿泊予定の方





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